【プロが認めた匠の技】建具・家具職人・榎本 栄冶さん
道具を大切にすることは仕事を大切にすること
「仕事の道具を集めることや手入れするのが趣味なんですよ。」「使い込まれた道具を丁寧に丁寧に手入れして磨き上げると、何とも言えない素晴らしい表情が出てきて、いつまで見ていても飽きませんねえ。」・・・穏やかな笑顔を絶やすことなく、榎本さんは語ります。
「だって自分の手だけで建具や家具が作れるわけではなく、さまざまな道具が自分の手の延長となって仕事をしてくれる訳ですから、いい仕事をしようと思ったら道具にこだわるのは当然だし、手入れにも熱が入るじゃないですか。」
道具を語る時の榎本さんは目が輝いていて、聞いているこちらまでワクワクするような気持ちにさせてくれます。
イチローがこんな事を言っています。
「道具を大事にする気持ちは野球がうまくなりたい気持ちに通じる。丹念にグラブやバットを磨くことで道具作りに関わった人たちへの感謝の念が湧き、一つ一つのプレーにかける自らの思いが強まります。」
「野球・プレー」を建具・家具作りに、「グラブ・バット」をノコギリやカンナに置き換えると、そのまま榎本さんの仕事への姿勢につながっていきます。
どの世界であれ、一流の職人には共通した目線があるのですね。
道具に対する強い想い・真摯な姿勢を知るだけで、榎本さんが本当に優れた職人であり仕事師であることが証明されているのではないでしょうか。
収集したカンナ
中学教師の勧めで職人の道へ
代々同じ仕事を引き継いでいくケースが多い職人の世界にあって、榎本さんは職人の家庭に生まれた訳ではありません。
中学校の工作で、他を圧倒するほど器用でモノ作りに優れた才能を見せる榎本少年を見た先生が「君は、モノを作る職人の世界に行ったら絶対に成功する」と言って、修行先となる親方も先生が探してきて親を説得してくれたと言いますから、よほど才能が際立っていたのでしょう。
元々モノ作りに類稀なる才能を持っていた榎本さんでしたし、親方の下でさらに10年余りの修行を経たことで「どんな仕事でもこなせる」と自信満々に28歳で自らの工房を設立して独立したのですが、独立後に痛感したことは「どんなに技術が優れていると思っても、勉強し続けなければダメだ」ということでした。
時代が変われば建具や家具に求められるものも変わり、製造方法や使う金具なども変わっていきます。
既存の技術や製法にいつまでも捉われているような古いタイプの職人気質では、いつかニーズから見放されてしまうのです。
「施主や建築家の要望は時代と共に変わっていきますし、新しい道具についての知識を仕入れて、常に最高のパフォーマンスを発揮できるように技術を磨いていくことも絶対不可欠。 本当に一生勉強の連続だと思いますね(榎本氏)」
住宅用の家具
キッチン・家具全てを製作
トラブルの時こそ真価が問われる
建築にはトラブルがつきものです。
最高のものを一発で仕上げられれば一番いいのですが、現実には寸法通りパーフェクトに家具を作っても、納める場所の方が数ミリずれてしまっていることもあります。
「『こちらが完璧に仕事をしたつもりでもトラブルは起き得るものだ』という心構えを持っていることが必要」というのが榎本さんの信条で、「トラブルになった時に迅速に真摯に対応することこそが施主や建築家からの信頼につながります(榎本氏)」
事実、榎本さんを頼りにする建築家の方々は異口同音に「何かあった時にも迅速に真摯に対応してくれるので本当に安心感がある」と言います。
この姿勢こそが数多くの建築家や施主から絶大なる信頼を勝ち得ている所以なのでしょう。
後継者を育てるために
「後継者がいない」と嘆く職人さんが多い中で、二人の息子さんが工房の後継者として一緒に仕事をしている榎本さんは恵まれた環境にありますが、「業界全体で後継者を増やしていかなければ未来はない」と考える榎本さんは、忙しい合間を縫って「ものつくり大学」で教鞭を取り、毎年20人前後の後継者育成に力を入れています。
これまでの教え子からは宮大工や家具工房経営者など数多くの優れた人材を排出しています。
「精根込めて作った家具を納めた時に『ありがとう』と喜んで頂けるお客さんの顔を見る時の充実感を一人でも多くの教え子に味わってほしい」というのが榎本さんの願いでもあります。
一人でも多くの榎本二世を育てるために・・・ものつくり大学でも常に穏やかな笑顔を絶やすことなく、熱く語りかける榎本さんがいます。
ものつくり大学での実習風景
ものつくり大学で学ぶ学生
取材後記
家具を作る道具を集めるのが趣味の榎本さん。
道具を語る榎本さんは本当に楽しそうで、こちらまで幸せな気持ちになりました。 (取材:上野)
私が推薦します
建築家
石井 秀樹
榎本さんとは15年以上のおつきあいになりますが、難しい要望を何とかして実現させようとする研究熱心な姿勢と誠実な仕事ぶりは初めてお会いした頃から一貫しています。
大学院を出たばかりで設計者としてまだ駆け出しだった頃「これまでにないような新しいアイデア」などを提案しても、現場の職人さんから「若造が何を言っている」というような態度を取られることが多かったのですが、榎本さんだけは「石井さんのアイデアを実現できないか一緒に考えてみよう」と言って親身になって相談に応じて頂けたのがおつきあいするきっかけでした。
木製の特注家具や建具は納めて終わり・・・という訳にはいかないのですが、納めた後に何かあれば、どんな小さな事であっても嫌な顔一つせずにメンテナンスに駆けつけて頂けるので、施主さん達からも高い評価を受けています。
「関わった仕事に対しては最後まで責任を持つ」という姿勢を貫いておられ、仕事への取り組み方という点でも信頼のおける方です。
特に木製サッシは製作できる職人さんも少なく、木製サッシの案件ではいつも「最初に声をかけたい」と思う職人さんですね。
石井秀樹建築設計事務所
https://www.pla-navi.com/architects/office/448/