【プロが認めた匠の技】景観デザイナー・荻野 寿也さん
住まいと街をつなぐ景観をめざして
日本の文化は「引き算」にあると言われます。
例えば料理にしても、素材本来の旨さを引き出そうとするのが和食の基本。
できる限りその地で採れた新鮮な食材を使って、素材を味わう妨げになる苦味や臭みなどを取り除きます。
調味料を使う(足し算する)場合でも、素材本来の旨みを引き出す目的で使われることが多いのが和食の特徴です。
そこには、余計なものをそぎ落として素材が持つ本質的な魅力に迫ろうとする姿勢があります。
景観デザイナー・荻野寿也さんの仕事にも、こうした日本の美学を感じ取ることができます。
外の景色と一体になった窓
ほのかな明かりが室内を演出する
以前からそこに存在していたかのような景観を
荻野さんの景観デザインは「設計されたことがわからないほど自然に、まるでずっと以前からそこにあったかのような佇まいを見せる植栽の中に、建築物が静かに舞い降りて調和している・・・」そんな景観を演出することを理想としています。
景観設計を行う際には、住宅近辺の樹木や地形などを徹底的に観察・調査します。
地域の土壌に合った樹木を選定し、地形や太陽の方角・風の通り方などを考慮した上で、その場所に最適な植栽や外構を選ぶためです。
その上で「誰が、いつ、どんな場所から見るのか」を想定して、最も美しくかつ自然に見えるように建築家や施主と入念な打ち合わせを重ねるのです。
最近は、掃出し窓など大きな窓が好まれる傾向がある中で、あえて窓を小さくして外の景観を絵画のように見せることが多いのも、そういう控え目な見せ方が日本人の美的感覚の琴線に触れるからなのです。
「自然な佇まい」を重視する荻野さんは、照明にもこだわります。
植栽のライトアップというと根元から樹木を照らしていることが多いのですが、自然の中で下から光が来ることはありません。
荻野さんが理想とするのは「月明かりに優しく照らされる植栽」
夜の庭でそうした状況を再現できるよう、照明計画についても建築家や施主に(豊富な経験を基に)提案していきます。
荻野さんの作品から「優しさ」や「安らぎ」を感じさせられるのは、こうした細やかな気遣いや心配りが景観デザインの中に息づいているからではないでしょうか。
荻野さんはよく「椅子を庭の方に向けてみませんか」という提案をします。
およそ大半の家庭で、リビングのソファはテレビの方向を向いて置かれているのではないでしょうか。
でも、せっかく作った庭を背にして座るなんて実にもったいない!
忙しい日常を癒す役割を果たすリビングスペースだからこそ「季節の移ろいや昼夜で変わる光の強弱・風の有無などによって微妙に表情を変える緑の植栽を眺めることで、心が豊かになるのを感じてほしいのです(荻野氏)」
住宅は地域のものでもあるという思想
周囲にふんだんに緑のある住宅地域では「新緑が鮮やかになりましたねえ」とか「ツツジの花が咲きましたね」など、樹木や草花を通してご近所コミュニケーションが始まることが少なくありません。
荻野さんの景観デザインは、施主の住宅だけを考えるのではなく周辺との調和やコミュニケーションにまで心を配ります。
荻野さんはそれを「街と家の間、中間領域を豊かにしたい」と表現しています。
例えばこのリフォーム例。
リフォーム前
リフォーム後
大きな家だけれども何となく周囲を拒絶したような佇まいだったのが、家の前を通る人々にも配慮した外構デザインによって「周囲に対して開かれた家」を感じられるようになり、何となく住んでいる人の人柄まで好ましく思えてくるようになるから不思議です。
そもそも、住宅地においては一軒一軒の家こそが地域の景観をかたち作っているもの。
だからこそ、住宅や植栽を設計する場合に「この家もまた地域の景観を構成する重要な要素になるのだ、という気遣いを持っていたい」と荻野さんは考えています。
造園ではなく「景観デザイン」と名乗っているのもそうした思想の表れであり、自分の家のさりげない植栽や外構が少しずつ地域の景観を豊かにし、一方で地域の風景を我が家にも取り入れさせてもらう・・・
こうしたシナジーが地域のコミュニケーションをも暖かく変えていく・・・
そんな景観デザインを届けるのが荻野さんの仕事なのです。
三田市のプロジェクト
玄関先でご近所コミュニケーションが生まれる
街全体の景観を設計する
一軒一軒の住宅における植栽・外構デザインを通して「住まう人」や「地域」の景観を考えてきた荻野さんが、次の目標にしているのが「大きな街づくりに関わっていきたい」ということです。
実はその第一歩が兵庫県の三田市で始まっています。
設計段階からハウスメーカーと関わった「4軒の家と庭が一体となった『杜の中に佇む家屋』」プロジェクト」では、各戸の室内からの眺めが、自宅の庭だけでなくお隣の緑・さらには2軒隣の緑まで見通せる設計になっています。
お互いの庭を借景し合うことで一体的なデザインが実現し、住まう人だけでなく道行く人々にとっても「見ていて気持ちのいい」景観が出現したのです。
しかも、互いの垣根が取り払われて庭に面したテラスもあることで、かつて日本の至るところにあった「縁側でのご近所交流」のような触れ合いが生まれるようにもなりました。
「日本の原風景を再生すること」は荻野さんの長年のテーマでもあるのですが、「杜の中に佇む家屋」プロジェクトでは、まさに「日本の原風景」が現代風にアレンジされて息づいています。
実際に住んでいる人からもたいへん好評なこのプロジェクトは大きな反響を呼んでおり、これがきっかけとなってさらに大きな街づくりへと発展していく可能性を秘めていると言えるでしょう。
欧米の住宅地と比較して「地域全体の景観デザインに難がある」と言われ続けてきた日本の街づくりが少しずつでも変わっていくきっかけになるのではないでしょうか。
荻野寿也景観設計
http://www.o-g-m.co.jp/
取材後記
オフィスの中も外も緑いっぱいで、とても居心地のよい荻野さんのオフィスにいると、いつまでもここにいたくなります。
「緑を通ってくる光は人を癒します」と言われましたが、まさにその通りだと感じました。(取材:上野)
私が推薦します
建築家
彦根 明
「街を潤すような庭にしましょう」・・・荻野さんがいつも大切にされている言葉です。
家に住まう施主が気に入ればそれでいいのではなく「住宅は街を形づくる大きな要素であり、近隣の人々にとっても癒しになるような庭を創ること」を理想としている荻野さんらしい言葉でもあります。
庭を創るとき、荻野さんはあらゆる角度から住宅を見ることができるように家の内外を歩き回ります。
当初、意図していないような場所に「ここにも植栽を施しましょう」と言われて驚くこともしばしばですが、その意図を聞いてみると実に論理的で納得させられてしまうのです。
それもすべてが「街に愛され、街を癒すような住宅・庭を創りたい」という基本から出ているからでしょう。
荻野さんに仕事をお願いすることは刺激的な創造の場に身を置くことでもあり、建築家にとっても良い意味で緊張感を持たせてくれる・・・そんな稀有な存在です。